ブログ永久更新停止のお知らせ
良い知らせと悪い知らせがある。これは良い知らせでもあり悪い知らせでもある。
結論から書くと、当ブログの更新を永久に停止することと決めました。
理由はいくつかある。
ひとつは、私自身の性別移行が色々ありつつ今のところ自分の望むペースで進められており、当ブログのほとんどの過去記事がもはや今の私とは別人が書いた記述になってしまったから。様々なことが変化した。「むらさき」という人間は、もはやほぼいなくなってしまった。これは良い知らせ、かもしれないし、悪い知らせかもしれない。
もうひとつは、端的に保身だ。SNSと距離を取って付き合っているなりに、現在も過熱するトランス差別言説の中で急激に数を増やしているノンバイナリー差別言説は確認している。その標的になって自分の大切なものが壊されるのは避けたいから、逃げることにした。これは明確に悪い知らせだ。
元々ノンバイナリー/ジェンダーフルイドの語りがインターネット上にあまりにも見つけられなかったことから、これからを生きる人たちが見つけられるインターネットの遺跡にしたくて運用していたブログだから、削除はしないで全ての記事は残しておきます。どうぞいつでも読んで下さい。コメント欄は閉鎖しているのでヘイトに怯えず安心して訪れてください。
でも、ここに書かれた「むらさき」という人間はもういないと思ってもらった方がいい。
私はもう、自分のアイデンティティや生活を不可視化されないために言葉を書き起こして闘わないし、あなたのアイデンティティや生活を代わりに言語化する存在ではない。語りたいことがある人は自分で語ればいいし、語りたくない人は無理に語らず静かにひっそり暮らせばいい。人間は自由。やりたいことはやればいいしやりたくないことはやらなくていい。どうぞお好きに選んでください。逆に自分で選ぶしかないとも言える。
私にとってジェンダーアイデンティティはどうしても「選べなかった」ものだが、「どのように生きるのか」は自分で選んで離さないともう決めた。死と性別移行を天秤に掛けるまで追いつめられて、たまたま運良く死ななかっただけの人間なので、私が生きているのはただのラッキーです。これはいったん底をついて限界まで腹を括り終わっているマッチョな人間の放言なので、真に受けないでください。私はもう何言われてもうるせ~~知らね~~としか思えないというだけです。
どれだけトランス/ノンバイナリーへの差別言説を垂れ流されても、私が「トランス/ノンバイナリーでなくなる」ことはなかったから、それが答えだと思っている。
でも別に「やっぱ違ったわ」という答えがあなたの中で出るのなら、それはそれで尊重されるべきでしょう。その答えを他人に押し付けて「トランス/ノンバイナリーなんていない」と叫ばなければの話ですが。
それでは、「むらさき」はここで終わろうと思います。さようなら、お元気で。どうか生きていてください。そうすればきっと、いつかどこかですれ違うから。
性別移行だいたい10ヶ月目、とりとめのない記録(私はトランス男性であり、Aジェンダーである)
出生時に割り当てられた女性としての人生から出て男性としての人生を目指すことにしようと決めてから10ヶ月が経った。いわゆる「正規ルート」ではない病院に駆け込んでホルモン治療を始めるとともに、社会的移行も開始した。色々なことがあった。職場も変わったし病院も変わったし、とても全部は書けないぐらい色々なことが変わった。そのほんの一部分を、とりとめなく、ぽつぽつと記録していく。
・身体
注射開始からほどなくして声の低音化が始まった。最初は「声変わり中の男子中学生みたいな声になってるね」「今日ちょっと声低いのって風邪引いてるのかなと思った」などと言われるぐらいの微細な変化だったが、嬉しくてたくさん声を録音して記録を取った。まだ安定しない最初の数ヶ月は声が高く戻るんじゃないかと不安だった。今までと違う低さの声になったことで発声の仕方が分からなくなって、店で声を張って店員さんを呼んだりするのが難しい時期も続いた。半年と少し経ったらさすがに安定してきて、低く静かに響く自分の声にも慣れた。私の場合はこの変声がかなり大きく作用しているらしく、いわゆる『パス度』が急激に上がった。ホルモン治療がどのような変化をどのぐらい及ぼすかは個人差によるところが大きいので、これは完全にラッキーだった。変声していく期間中、カムアウト済みのネットの友人からは低くなった声を褒めてもらえた。気を遣ってもらっただけだったとしても嬉しくて、精神的な支えになった。この間、友人に連れられて声変わり後には初のカラオケへ行った。色々な曲を試しに歌ってみた。憧れの男性シンガーがいた。かつて彼と同じ音域を無理やり出そうとして喉を痛めかけて、自分の惨めさに泣いたことがあった。今は彼の曲が一番歌いやすい音域だった。その時に、ままならない身体に振り回されていたかつての自分が確かに救われた。
・対人関係
端的に言うと、以前よりも女性との距離が遠ざかって、男性との距離が近付いた。電車で躊躇なく私の隣に座る男性はリラックスした様子に見えた。ちょっとした用事で通りすがりの女性に声を掛けたら露骨に警戒されて、あぁ、今の私は以前のように彼女たちに近づいてはいけないんだなと学んだ。私は既に「侵襲する側」として見なされているらしい。自覚しておかなければとても危ない。
でもそれは見知らぬ人を相手にした話であり、プライベートではまた違う感覚を持っている。女性の友人は少し距離が出来た気がする。それは向こうから遠ざけられるだけでなく、私が遠ざかってしまうのもある。以前よりも、私と彼女たちの間には断絶がある。女性としての生活が、男性としての生活に変わった。だから以前のように共感的なコミュニケーションが取りづらくなった。昔はそこにあった連帯や愛着が戸惑いと敬遠に、時には剥き身の嫌悪感に変わるのを肌で感じた。もちろん友人全員にそのような変化があった訳ではないことは書き記しておく。変わらずひとりの人と人として接してくれるありがたい人もいる。
では男性と心理的に近づけたのか?と問われると、全然そんなことはない。男性集団への同化を目指してはいるものの、根本的なバイナリーではないアイデンティティが私には確かにあって、全然ちっとも、社会的な男性集団に合流できる気配がない。これはシス男性だけでなく、トランス男性に対してもそうだ。明確にバイナリーな男性である人とは、今のところ親密なコミュニケーションが取れていない。
結局私は性別というものにどこにも属せていないんだなと感じる日々が続いている。最近新しい友達が出来たが、結果的に仲良くなれたのはクィアの人ばかりだった。
私は生活実態や固有の経験としては明確にトランス男性でありつつ、(現在の)ジェンダーアイデンティティはAジェンダーである。生活実態が男性に移行しても、そもそも性別が「できない」。みんなが当たり前にやっている茶番に参加できない。私には「ショートコント:性別」としか見えない光景が日々繰り広げられている。意味が分からない。
職場は以前からの知人である雇用主と一部の従業員にはカムアウト済みで、男性として働いている。通称名の使用にも協力してくれる。それでも、仕事の場では(というかこの世のほとんどの場では)バイナリーな性別で振り分けられるのが当たり前で、私もパスするためになるべく男性として振る舞うようにしていて、ショートコント:性別、みたいな場にずっといると自分の中の大事なものがじわじわ削られていく感覚がある。だから休日はなるべくクィアな友人と遊んだり話したりして、精神のバランスを取るようにしている。私はAジェンダーでもある。自分がどうやっても変えられない自分でしかないという尊厳を削り取られたくない。
一応は近い将来に胸オペと改名を、最終的には戸籍変更を目指しているが、未来がどうなるのかはまだ分からない。誰にも、私にも。
(トランス)男性宣言
今の私はジェンダーフルイドではなくなった。
ジェンダーアイデンティティは一生の中で変化することもあるし、生涯変化しないこともあるし、そのどちらにせよ人為的にコントロールするのは不可能である。
今の自分はジェンダーアイデンティティに流動性がなくなった。本当に、単純に内面だけの話をするのならノンバイナリーというか、「無」だと思う。
ただ、私は10月からテストステロン注射を開始し、身体的にも社会的にも男性への性別移行に踏み切っている。このまま女性の島にいたら死んでしまうというところまで追いつめられて、どうせ死ぬならじゃあ死ぬ前にいったん男性の島まで向かってみようと決めた。
今の私は男性という属性に同一感を抱いているし、男性集団に帰属したい、有り体に言えば男性としてパスしたいという志向が強い。傍目からはほぼトランスジェンダー男性と呼んで差し支えないと思う。ので、便宜的にトランス男性を名乗っている。男性として埋没出来る未来があるのかも分からないし、将来的にたどり着いた男性の島で「何か違う」と違和感や孤独感を抱くかもしれない。でも、それは自分にとって今までより遥かにマシな未来に思える。
だから、もしかしたら便宜上ではなくしっかりトランス男性なのかもしれない。突き詰めて考えることを今は保留にしている。やってみてその時になったらまた考えればいい。
今まで私の中にある男性性を忌避し、無視し、否定した人たちへ。私は男性です。男性として生きます。
ただ変化する身体がここにあり、私はただひたすら風呂に入れない。
身体的な部分も含めた性別移行を決めてテストステロン注射を始めてからそろそろ三ヶ月経つ。ちょっと吐き出させて欲しい。まとまった文章じゃなくて申し訳ないが、今の私は親切丁寧にまとまった文章を書くだけの余力もなければ気力もない。トランスヘイトに利用されないようガチガチに理論武装する元気もない。だからこれは極めて個人的な日記だ。そういう極めて個人的な日記を必要としている人もいるということを含めて、これはただのいち人間の日記だ。
本題。
これは毎日風呂に入れない自分が100悪いのは前提で言うけど、テストステロン注射を開始してから皮脂分泌量が増えてありとあらゆる場所へニキビの嵐が襲い掛かり、冬の感想も相まって全身が痒くて眠れないほど悶絶している!!!!!
毎日風呂に入れないのは幼少期からなので恐らく発達障害の特性や、現在のメンタルヘルスの不調も手伝っている。私はいつも風呂と戦ってきた。
テストステロン注射でニキビが増えるのは知ってた。予習してた。だからその兆候が来た時も「進〇ゼミでやったところだ!」ぐらいに捉えていたし、洗顔料の種類を変えたり対策はしていた。
しかし私は毎日風呂に入れない。何故かとか聞かれても困る。色々理屈で説明できなくはないものの、じゃあ解決できるかと言われたらそんなもん出来たら苦労してない!!入れないものは入れない!!としか言えない。
そして毎日風呂に入れないことが皮脂分泌量増加によるニキビの嵐とここまで相性が悪いとは想像も想定もしていなかった。今までの身体で「これぐらいならまだ入らなくてもギリ大丈夫」の期間が全く通用しない。全身が痒くてつらくて眠れないなんていつぶりだろう。
私は今ほとんど引きこもりに近い生活をしているから、まだ社会的な支障は出ていない。外出する直前に頑張ってなんとか風呂に入ればいいだけだから。しかし今後定期的に勤めに外へ出なければならなくなった時、この身体ではもはや毎日風呂に入るのは社会で生きていくための絶対の義務にすら感じる。
ここに私のジェンダーアイデンティティなんて一切関係ない。ただ皮脂分泌量による肌の状態だけがそこにある。ただニキビと乾燥による痒みだけがそこにある。『身体の性別』なんてシスジェンダー向けに忖度した説明は存在しない。変化していく身体がただそこにあるだけだ。
悶絶してこんな文章を書き殴りながらも、私はまだ風呂に入れない。理屈じゃない。入れないものは入れない。そして、これから就労まであと三ヶ月の猶予期間を使って意地でも入れるようにするしかない。
幸いなことに、一度生活のルーティンに組み込んでしまえば毎日の入浴は決して無理な課題ではないと、経験上知っている。しかしそれが一番難しいんだよ。
痒い。乾燥する。眠れない。
私からのお話はこれで終了です。ご清聴ありがとうございました。
テストステロン注射直前の記録
これは誰のためでもない記録の文章だ。読みづらい悪文でしかないと思う。それでも書き記しておく。
端的に言うと、今日からテストステロン注射を受けることにした。数時間後には病院に行く。今まで騙し騙し生きてきたが、性別違和が限界まで来ていた。このままこの身体でこの性別で生きるのはもう無理で、死ぬしかないと思った。本気でそう思った。どうせ死ぬならせめて死ぬ前に好きにしようと決めた。今の私は、既に決まっている次の就職まで半年の猶予期間が与えられている。最後のチャンスだと思った。この半年を使って、ホルモン注射を始めた最初の一番つらくてしんどい時期を社会的に閉じこもってさっさと済ませようと思った。私は自分の身体がテストステロンの強さに耐えられる自信はない。ホルモンバランスが乱れたまま社会性を保つ自信はない。けれど、耐えられなかったとしても、いったん外の世界を遮断した状態でなら乗り切れると思った。お金はない。貯金を崩すことにした。ホルモン治療のために貯金を崩せば崩すほど胸オペが遠ざかるというジレンマに苛まれながらも、私はもうこのまま女性としての人生を送るのは無理だった。相変わらずバイナリーなジェンダーアイデンティティなどない。流動性が無くなってきたのはここ数年の大きな変化だけれど、ジェンダーアイデンティティはずっとノンバイナリーなまま固定されている。でも、生き延びるためには男性としての人生に舵を切らなければならないと突き付けられていた。男性としてなら何とか今よりも生きられるかもしれない。生き延びるための性別移行が始まる。細かいことは後から考えればいい。私は、男性として生きるために生きる。
「君の宝石は絶対に割れない」という名前でブログを始めた。今思えばそれは、あまりにも稚拙で無謀な祈りだった。
私の宝石は、いったん粉々に砕けた。完膚なきまでに破壊された。それでも、砕け散った宝石の欠片を拾い集めて生きていく。そうするしかないからそうする。そうするしかなかったんだよ。
マストドン作りました
お久しぶりです。もう覚えてる方がいらっしゃるか分かりませんが、むらさきです。
マストドンにアカウントを作りました。
※2024年7月20日追記
リンクを削除しました。詳細は最新記事をご覧ください。
Twitterのアカウントを消してからの私というものは非常に保守的になっていて、性別移行が自分には叶わないことも嫌ってほど痛感したので、それなら割り切って女性のフリをして女社会に溶け込んでやろうじゃないかと淡々とミスジェンダリングを我慢して過ごしていたのですが、やはり精神が不安定になるとどうしてもつらくなってしまい、衝動的にマストドンのアカウントを作っていました。
性別にまつわる苦しみが耐えきれなくなったら吐き出しに来る予定です。いつまで続くかは未定です。すぐ放置するかもしれないしある日突然消えてるかもしれない。
今の私はだいぶ変化していて、もうみなさんの知ってるむらさきではないかと思いますが、それでもよろしければ遊びに来てください。